LivingAnywhere Commonsでテレワークをしながら、色んな場所を旅してみる。〜遠野編(2)〜
LivingAnywhere Commons遠野にチェックインした二日後、僕の隣の部屋に一人の女性がやってきました。
年齢は20代の中頃でしょうか。黒縁の、スタイリッシュな眼鏡がとても知的な雰囲気を漂わせる一方で、少し話してみると誰とでもすぐ仲良く慣れるような親しみやすさのようなものがあります。
初めてお会いしたその日は、2階にある僕たちの居室に隣接している共用部分のキッチンで軽く挨拶を交わしただけでした。これから2週間滞在するという僕と、とりあえずその週の週末までここに滞在するという彼女。まあそのうちゆっくりとお話する機会もあるだろうと思っていました。
妖精のような隣人
が、僕たちは微妙に生活の時間がずれていたようで、同じ空間を共有していたにもかかわらず、顔を合わせるということがほとんどありませんでした。僕は朝はもう6時位には起きて、一階の小上がりで日課になっている英語のパッセージの音読をしているし、一方の彼女の仕事が始まるのは9時過ぎくらいのようでした。
2階の共用部分でインターネットに接続して、Zoomでミーティングしているのがわかります。時に聞こえてくる聞き慣れない単語は明らかに何らかの専門用語で、だいたい午前中いっぱいは、何らかの、やや専門的な感じのお話をしているようでした。
僕の方はお昼前になると食事にでかけ、そのまま近所の博物館めぐりをしたり、少し河川敷を散歩したりして、そのままお隣のカフェ「Commons Space」にこもってひたすら原稿を書いたり、調べ物をしたり、という生活を続けていたので、お昼以降の彼女がどこで何をしているのかわかりません。
僕が自室に戻るのは大体夕方の6時〜7時位だったのですが、その時間は逆に彼女がどこかにでかけているようでした。
そんな調子でずっと「気配はするけど姿が見えない」という状態が続いていたのでした。おとぎ話の街遠野で出会った彼女は、まるでなにかのおとぎ話にでてくる妖精みたいな女性だな。そんな事を思いながら眠りについたものでした。
Brew Noteで
その週の週末、遠野市立博物館のすぐ近く、遠野ものがたりの館という博物館に隣接した建物の一角を占めている「Brew Note」というクラフトビールのお店に行ってみました。
お店の名前を聞いてピンとくる方はピンとくると思うのですが、ここは店内に心地いいジャズが流れるカフェ・バーです。お店の中には所狭しとジャズの名盤レコードやCDが並べられ、静かにジャズが流れています。
仕事が一段落ついた夕方、そこで少しコーヒーでも飲もうと思って行ってみました。カウンターの中ではそのお店のオーナーらしき初老の男性が忙しそうに動き回っています。
このお店のマスターは、ビールの原材料になるホップを研究する方だそうで、好きが昂じてご自身でも栽培し、お店まで開いてしまったという方であるというのは後日別の方から伺ったはなしです。
「6時までになりますけど、よろしいですか?ちょっとお手洗いが壊れちゃってて...」ずいぶん気さくで話しやすそうなその初老の男性に軽く会釈したあと、「ご迷惑じゃなければ」といって店内に入っていった僕に、お店の奥の方のテーブルに座っていた女性が微笑んでくれました。
メガネを外していたので分からなったのですが、僕の隣りの部屋にいるその女性でした。
海外帰りのインテリ女性たち
LACにはどうしてだか、とても知的なインテリ女性の利用者が多いような印象があります。
会津磐梯でお会いした女性は日本の超有名企業にお勤めで、リモートワークの制度を利用して、交際中の男性と日本全国のLAC拠点を周っていると言います。伊豆でお会いした女性はコロナ禍でドイツから帰国してきたという、公共政策を学ぶ学生さんでした。
そして今回遠野でお会いした方は、僕と同郷の大阪の方で、僕と同じように外国語を専攻していたと言います。僕と違うのは、彼女はそのままフランスに遊学し、大学を卒業したあとはイギリスの大学院で社会学を専攻したという素晴らしい経歴の持ち主であるということです。
女性ではありませんが、美馬でお会いした方は、カナダから帰国してそのままカナダの仕事をリモートで引き受けていると言っていたし、LACを利用している方の中には海外にゆかりがある方が多い印象があります。
僕の隣人であるその女性は、環境保護や持続可能な農業といった文脈で何らかの商品を取り扱うライターの仕事をしているといいます。
あいにく彼女とそれ以上ゆっくりとお話をする時間はありませんでしたが、メガネを外して少しだけメイクをしている彼女は、初めてお会いしたときとはずいぶんと印象が違っていていました。僕はあまり女性と、しかも美しい女性とお話するのが本当に苦手なので、その時は随分座りというか、居心地が悪かったのを覚えています。
お店が早く終わってくれて正直ちょっとホッとした、というのが正直なところです。
醸造する街でどぶろく三昧
ホップの産地として有名な遠野の街中、遠野市役所にほど近い場所にできたてのクラフトビールを飲ませてくれる醸造所併設のビアバーがあります。
到着初日からずっと気になっていたのですが、あいにく僕は夕方以降にクライアントさんとの英語のセッションやミーティングが必ず数件入っていたので、まさかその前にお酒を飲むわけにもいかず、スーパーマーケットに夕飯の食材を買い出しに行く道すがら、いつか来てみたいなぁと思っていました。
そんなある日、たまたま夜のセッションがキャンセルになって時間ができたので、大急ぎで行ってみることにしました。遠野の夜は早いので、のんびりしていると閉店時間になってしまいます。
そのバーカウンターのすぐ隣の醸造室でできたばかりのクラフトビールは、新鮮で上品なホップの味がして、店員さんの気さくさとも相まって短い滞在でしたがとても有意義な時間を過ごすことができました。
この日は例外だったけれど、基本的に平日・休日に関係なく、夜は誰かとZoomでお話をしている僕にとって、一日の唯一の楽しみが「仕事が終わったあとのどぶろく」でした。
「どぶろく」は米から作るお酒ですが、「濾過」という工程を経ていないため、未発酵の米・麹がそのまま残って瓶に詰められていることが、日本酒とは異なります。このお米がどぶろくそのものの口当たりの良さとよくマッチしていて、少し強めのアルコール度数であるどぶろくをずいぶん飲みやすいものにするんです。
僕は毎日近所のスーパーやお土産物屋さんにいっては日替わりで色んなブランドのどぶろくを試していました。聞けば自家製のどぶろくをその場で飲ませてくれる民宿もあるとのこと。あいにく仕事が忙しく、そういうところへ伺うことは叶いませんでしたが、すべての予定が終わった午前12時頃、静まり返ったLAC遠野のリビングで、ゆっくりとお酒を飲む時間は何物にも代えがたい至福であるように思われました。
ただ、大量のアルコールと、瓶の底に沈殿した炭水化物を就寝前に摂取し続ける生活を2週間続けてしまった結果、肌はツヤツヤになったのですが(どぶろくは「アミノ酸」や「コウジ酸」といった美容成分がたっぷりなんだそうです)、ずいぶんとお腹周りが苦しくなってしまいました。
旅人として
滞在中、僕がしばしばお邪魔したお店が「On Cafe」という、アンティーク雑貨や家具が店内にセンスよく配置されたカフェでした。
ここのパスタが本当に美味しくて、空間の心地よさや静かな佇まいと相まって、いつまでもいたくなるようなそんな不思議な空間でした。
このお店の方に限らず、この街の飲食店のオーナーさんというのは、基本的にあまり接客ということをされません。僕が県外者であるということは見ればすぐわかるのでしょう。「どちらからお越しですか?」「あ、大阪からです」それで話は終わってしまって、あとは何時間そこで過ごそうが、こちらから積極的にアプローチしない限り、それ以上距離が縮まることはありません。
僕はあまり好んで見ず知らずの人と言葉をかわすタイプの人間ではないので、それはそれで心地良い距離感ではあったのですが、正直なところ、最初は少し「冷たいな」という印象を抱いたのも事実です。
けれど少し言葉をかわしてみると、みなさんとても温かくて心の優しい人たちばかりであるということがわかりました。
地方の人々に対する都会の人間の印象といえば「排他的」であるとか「閉鎖的」といったようなネガティブな言葉で語られる事が多いけれど、それはもしかしたら、僕たちが勝手に自分たちの中でこしらえたイメージをその土地に住む人々に投影しているに過ぎないのかもしれません。
僕のような旅人は、その土地に少しだけ滞在させてもらって、いつもと違う風景や空気を感じ、そこから活力をえて、また別の場所に向かいます。
いわば通りすがりの他所の人なのであり、過度なサービスやおもてなしを期待してそこを訪れる、いわば「消費者としての旅人」ではないし、そうであってはならないと、そんなふうに思っています。
お金を払っているのだから、それ相応のもてなしをしてほしい。そういうのは消費者としては合理的な要求なのかもしれないけれど、旅をそのまま人生の一部にしているような僕のような人間にとっては、そういうふるまいは自分の居場所を自分自身で居心地悪くしてしまうような、自傷的な行為なのかもしれません。
遠野の人たちの、ちょっとだけ控えめな感じのする来訪者との距離のとり方に、自分は改めて、いつかまたすぐにこの場所を去ることを前提としてこの場所を訪れている、そういう人間であるということを意識することになったのでした。
もちろん、ポジティブな意味において。
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